文学 · 芥川龍之介
れから彼是一週間の後、僕はふと医者のチヤツクに珍らしい話を聞きました。と云ふのはあのトツクの家に幽霊の出ると云ふ話なのです。その頃にはもう雌の河童はどこか外へ行つてしまひ、僕等の友だちの詩人の家も写真師のステユデイオに変つてゐました。何でもチヤツクの話によれば、このステユデイオでは写真をとると、トツクの姿もいつの間にか必ず朦朧と客の後ろに映つてゐるとか云ふことです。尤もチヤツクは物質主義者ですから、死後の生命などを信じてゐません。現にその話をした時にも悪意のある微笑を浮べながら、「やはり霊魂と云ふものも物質的存在と見えますね」などと註釈めいたことをつけ加へてゐました。僕も幽霊を信じないことはチヤツクと余り変りません。けれども詩人のトツクには親しみを感じてゐましたから、早速本屋の店へ駈けつけ、トツクの幽霊に関する記事やトツクの幽霊の写真の出てゐる新聞や雑誌を買つて来ました。成程それ等の写真を見ると、どこかトツクらしい河童が一匹、老若男女の河童の後ろにぼんやりと姿を現してゐました。しかし僕を驚かせたのはトツクの幽霊の写真よりもトツクの幽霊に関する記事、――殊にトツクの幽霊に関する心霊学協会
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