「それじゃ、そんなことあなたの罪業感の理由にはなりませんね。ねえ、警部さん」「はあ」「これはあくまでわたしの妄想なんですが、松代さんが罪業感をいだきつづけてこられたのは、由紀ちゃんじゃなく、もうひとりの妹さんじゃないかと思うんですよ」「まあ!」 と、松代はおどろいて眼を見張り、「だって、先生、あたしには由紀子よりほかに妹はいないんですけれど……」「いいえ、あなたのその腋の下に顔を出している妹さんですね」「あっ!」 と、叫んで磯川警部は松代の顔を視なおしたが、すぐなにかに思いあたったらしく、「ふうむ!」 と、ふとい鼻息を鼻からもらした。「先生、金田一先生!」 と、貞二君は|膝《ひざ》をのりだして、「そ、それはどういう意味なんです。腋の下に顔を出している妹というのは……?」「いやね、貞二君、警部さんはいま思い出されたようだが、戦後こういう記事が新聞に出たことがあるんです。あるところのお嬢さん……ちょうど松代さんくらいの年頃のお嬢さんなんですがね、そのひとの腋の下に原因不明のおできができた。それでお医者さんに切開してもらったところが、人間の歯や髪の毛が出てきたんですね。そこでO大のT先生に改めて鑑定を請うたところが、そのお嬢さん、双生児にうまれるべきひとだったんですね。ところが摂理の神のいたずらで、双生児のひとりがそのお嬢さんの胎内に吸収されていたんだそうです。それが生後二十何年かたって、歯となり髪の毛となって、お嬢さんの体の一部から出てきたというんです。松代さんのあのおできもそれとおなじケースじゃないかと思うんですが、警部さん、あなたどうお思いになりますか」「いや、そうでしょう。きっとそうです」 と、磯川警部は強くうなずいて、「それで松代君のもっている理由のない罪業感も説明がつくわけです。松代君はじぶんの体内に吸収されている、ふたごのきょうだいにたいして罪業感をもっていた。つまりそのきょうだいの出生をさまたげたという罪業感ですな。ところが松代君はそういう妹の存在をしらないものだから、それがいつのまにか由紀子にふりかえられていたというわけですな」「それで、先生」 と、貞二君はいよいよ膝をすすめて、「そのお嬢さん、おできを手術したお嬢さんですが、そのご経過はどうなんですか」「いや、なんともないそうですよ。これ、珍しいケースですからね。こちらへくるまえにT先生にお眼にかかって、そのお嬢さんについてお訊ねしてみたんです。そしたらその後結婚して、赤ちゃんもうまれ、べつになんの異状もないそうですよ。貞二君」「はあ」「これ、ぼくの妄想かもしれませんが、いちどT先生に診ていただく価値があるとはお思いになりませんか」「先生」 と、貞二君と松代はふかく頭をたれて、「ありがとうございます。それはぜひ」 金田一耕助はその翌日薬師の湯をたって帰京したが、それから一週間ほどして貞二君からていちょうな手紙がとどいた。 その文面によると、T先生に診ていただいたところ、やはり先生のお説のとおりであった。そこでさっそく切開手術をしていただいたが、その結果はしごく良好である。T先生からもいずれ医学的な報告がそちらのほうへとどくはずであるが、とりあえずわたしから、お礼かたがたご報告申上げるしだいである。松代の患部から出たもろもろの諸器官はO大へ保存されることになっているが、われわれはその一部分をもらいうけ、松代の退院を待ってあつく葬るつもりである。これによって松代の罪業感も消滅するであろうと、T先生もいっておられる。松代からもお礼の手紙を差上げるべきであるが、まだ右手が使えないので失礼するが、くれぐれも先生にお礼を申上げてほしいということである云々とあり、さいごに十一月の上旬に結婚する予定であると結んであった。本書中には、今日の人権擁護の見地に照らして、不当不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得た上で、一部を編集部の責任において改めるにとどめました。[#地から2字上げ](平成八年九月)